渡辺光一プロフィール

幼少時代の私です
幼少時代

1968年(昭和43年)1月25日、渡辺家の長男として生まれる。

祖父は神奈川県議会議員であった為、幼少期から『お前も将来は議員になるんだぞ』と周囲の大人たちに言われることがとにかく苦痛であった。

浦賀幼稚園、浦賀小学校、浦賀中学校と浦賀づくしのエリートコース(?)を辿る。

議員の家に生まれたことで次第に煩わしさ、窮屈さを感じ、反発もあった。

この頃から、憧れはいわゆる普通の家庭だった。

祖父の引退を機に、周囲の声に押され、父が市議会議員に出馬することになり、愕然とする。(普通の家庭は夢のままであった)

大楠高校、国士舘大学と進み、都内の広告制作会社に就職する。

議員の家がとにかく嫌で、就職とともに逃げ出すように家を出る。

大学時代から芝居に興味を抱き、時折エキストラのアルバイトをしていた。

やがて抑えきれず、役者を夢見て劇団に入る。いくつもの舞台を経験するも、年齢とともにいつしかオーディションも通りづらくなり連敗記録を更新。

夢破れ、一時期は仕事もなく、次第に「社会に必要とされたい」と感じながら、自分の居場所を追い求めるうちに、幼い頃から身近な環境であった政治の世界を自ら選択。
時々、HPを眺めていた神奈川県第五選挙区のさかい学事務所に入所。

横浜市泉区の地区担当秘書となる。

父の後援会に「やっとその気になったか!?」と誤解されるのが嫌で、秘書になったことは地元には内緒にしていた。(決して修行のつもりとかではなかった)

さかい学代議士は平日毎朝各駅で駅頭演説を行う。秘書は朝6:30に集合し、一緒にビラを配る。
 その他、地元を回り、各地区で会合に代理出席や、代議士の随行として選挙区内外をお供して回るなど、忙しくも充実した毎日であった。

畑の脇で、掛矢(カケヤ=大きな木槌)を使って杭を打ち込みポスター用の看板を設置したかと思えば、胸に胸章をつけてステージに登壇しご挨拶をする、また、ミニ集会の企画やら政治資金パーティの開催など多岐にわたっていろいろな経験をさせてもらった。

そんな秘書時代、地元町内の方々が汗を流し、報酬があるわけでもなく、休日返上でまちづくりに心血注いで取り組んでいる姿を目の当たりにし、地域と政治の関係に気付く。

父が引退を決めたのを機に、立候補を決めた。

周囲からの声に、自分でも信じられないくらい素直に了承していた。 が、その後、冷静になるとやはり悩んだ。

とにかく必死になってあちこちで街頭演説をし、多くの人に自分の考えを伝え、選挙戦を戦い抜き、2011年の統一地方選挙で初当選を果たし、横須賀市議会議員となる。

2015年、2期目の選挙でも再選を果たし、今年度は都市整備常任委員会の委員長に推挙される。